以前に「平気でうそをつく人たち」の中に出てくる邪悪な親を紹介した。この親は息子が障害者ボランティア活動の代表として選ばれた会議に「部屋の片付け」ができていないという理由で行かせなかった。「障害者とかかわるのがよいことかわからない」という話もしており、読者の多くは障害者への偏見から部屋の片付けを理由にして行かせなかったと考えるかもしれない。しかし、私は彼らはボランティアという道徳的な行いよりも部屋の片付けの方が大事だと本気で考えているのだと思う。私の父親とよく似た思考だからだ。

理性と観察から因果関係が認められないことに因果関係を見出す思考を心理学などでは呪術的思考と呼ぶ。例えば、茶柱が立つといいことが起きるといった迷信を信じる。喧嘩した友達が痛い目にあえばいいと思ったら実際に怪我をし、それを自分のせいだと感じる(子供によくある思考だ)。ある儀式行為をすると物事がうまくいくと考える(ジンクス)といった思考である。

これら呪術的思考に強くとらわれる傾向が一部のサイコパスにはあるようなのだ。「平気でうそをつく人たち」の中では、そのような二人の人物を紹介しており、この思考が何によってもたらされているかを考えるヒントを得られる。

まずは強迫観念症にかかった男の話である。彼は狂信的な母親をもち教会に反発心があったが、夫婦旅行で訪れた教会では気まぐれに寄進箱(賽銭箱のようなもの)に55セントを入れた。すると「お前は55歳で死ぬ」と声が聞こえてきた。以来、車に乗っている最中、ことあるごとにお前は死ぬという声が聞こえるようになり、「お前はあることをすると死ぬ」という声に支配されるようになる。

彼はその声が聞こえる度に恐怖を感じるが、そんなわけはないと実際にそれをやってみる。するとやはり声のとおりのことは起きない。そしてしばらく安心するが、また別の何かをすると死ぬという声が聞こえ、安心のためにそれやって何も起きないことを確認する。それを繰り返す日々になり睡眠もろくにとれなくなり病んでいった。

そして精神科医の著者の元を訪れる。著者は典型的な強迫観念症と診断した。著者との面談の会話を読むと、彼はかなり几帳面で、心配性、神経質な性格である。子供の成績、歯の矯正から、家のペンキをいつ塗り替えるべきかまで、日常のあらゆることを気にしている。また少年期に毎日ある石に触れないと好きだった祖母が死ぬと思い込み、1年くらいそうにしていたこともあったらしい。

彼の父親は統合失調症で、飼っていた猫が部屋を汚したことに腹を立てほうきで殴り続けて殺したこともあったらしい。母親は狂信的で教会にかかさず通わせたそうだ。心臓発作に襲われた牧師の回復を願うよう、彼は一晩寝ずにひざまづいて祈ることを強制されたこともあった。

母親の狂信的行為も強迫観念症だったと思われる。著者は明言していないが、夫の病気と関係していそうだ。なぜなら息子である彼が大学生になると教会通いを無理強いしなくなっており、それは父親が亡くなった時期と一致する。つまり母親は夫の病気から目をそらすために宗教にのめり込み、夫が亡くなるとそれは止んだのではないか。

そして彼の強迫観念性も母親と同じく本当の問題から目をそらすことだった。彼は最初の面談では、誰にでもあるような問題はあるが安定した家庭で夫婦生活はうまくいっていると言った。しかし面談を重ねると、彼が最初言っていたよりも家庭の状況は悪いとわかる。

嫁を自己中心的で協力的でないと腹を立てており、嫁と面談すると彼のことをメソメソした男だと嫌悪していた。そして彼女自信もひどい抑うつ状態にあるとわかった。長女と長男も父親である彼のことをうとんじていた。彼が家族の中でつながりをもつのは末っ子だけで、その子を溺愛していた。

つまり彼の主な問題は家庭がうまくいっていないことだった。しかし、最初の面談では大きな問題でないように言いごまかした。著者は彼の強迫観念性は本当の問題から目そらし、あたかも解決不能な別の問題があるように思い込むことから来ていると診断した。そして本当の問題に向き合わない限り、強迫観念症は治らないことを彼に伝えた。

しかし彼は自分の本当の問題に向き合おうとしない。にもかかわらず、ある日突然、急に症状が良くなり、あの声が聞こえなくなった、たまに聞こえてきても無視できるようになったと言うのだ。著者は根本の問題が解決していないのに症状が良くなったことを不可解に思った。

そして彼はその理由を語った。なんと悪魔と契約したというのだ。悪魔の存在なんか本当は信じていないですよと言いつつ、悪魔と契約をしたと思い込むようにしたのだと。その契約は、聞こえてくる声に従ったら悪魔が自分を殺すというものだった。彼は悪魔に殺されるのが嫌だから声に従わなくなったのだ。

さらにはである。本当は信じていない悪魔と契約したと考えるだけでは効果が薄い。だから、契約を破ったら自分だけでなく溺愛している末っ子も一緒に悪魔に殺されてしまうと思い込むようにしたと言うのだ。

それを聞いた著者はあなたの問題は弱さだと告げる。問題から逃げるためならいつも楽な方法を取る。不道徳、邪悪なものにすら救いを求めようとする。自分の魂を売ったり子供を犠牲にすることさえする。ただ罪の意識を感じていることは救いだ。不遇な子供時代、みじめな結婚生活、自分の臆病さに面と向かうなら私はあなたの手助けができる。

そういう著者の説得に彼もようやく考えを改め問題に向き合うことにした。悪魔との契約に頼らなくなったため、ふたたび強迫観念に襲われるようになったが、抑うつ症の妻も治療を受け夫婦関係は改善した。彼の強迫観念も少しずつ改善し2年をかけて治療を終了したという。

>>つづく