しかし改めて不思議なのは、私も父親ほどでないにせよ、共感力が低いにもかかわらず、なぜ呪術的思考が残らなかったのだろうか。それどころか呪術的思考に強い嫌悪感を持つまでになっている。妹も呪術的思考があるし、私が彼らとここまで対極になってしまったのはなぜだろうか。

まず考えられるのは母型の遺伝である。母親は両親が貧しかったため中学の頃に遠方に住んでいた義理の姉に預けられた。この遠方の地が私が生まれた地である。そして今も同じ県内で私と母親は暮らしている。義理の姉の墓も近くにあり、母親の両親(私の祖父母)の遺骨も収められている。義理の姉は自分が亡くなる前に自分の墓を用意し、彼らの遺骨もわざわざ遠方から持ってきたらしい。

しかしこれは改めて考えると不可解な話なのだ。なぜなら私の母親には兄と姉がおり、彼らは両親が亡くなった時も彼らの近くに住んでいたらしい。なら彼らが自分の親の墓を建てるのが常識ではないか。母親にその理由を聞いても明確な答えは得られない。貧乏だからそんな事を考える暇はなかったのではないかというのだ。しかしいくらなんでも自分の親の遺骨を血縁者でない遠方の人間に渡すだろうか?

母親に話を聞く限りの推測であるが、どうも母親の兄と姉も母親同様に刹那的な人間のようなのだ。姉は60歳という若さで亡くなっている。私も死の直前に会ったが、寝たきりでほとんど口が聞けず、もっと高齢に見えた。母親いわくお酒の飲みすぎだろうということだ。兄にいたっては蒸発し生きているかどうかもわからない。こういう面を知っていた義理の姉が、彼らではきちんと墓守はできないと判断したのではないか。

そもそも母親の祖父母の墓はどうなっていたのだろう。ネットで検索すると出てくる話だが、もともと墓を建てる習慣があったのは武家階級の者くらいで、庶民も墓を建てるようになったのは江戸時代後期からで、一般的になったのは昭和30年くらいかららしい。

母親に聞いても祖父や祖母の墓参りの記憶はなく、もともと墓自体なかったのではないだろうか。よって墓守の習慣がない母親の兄弟は、自分の親の墓を建てることに無頓着だったのかもしれない。私の信心の無さはこのような母型の遺伝的影響ではないだろうか。

とはいえ、私の感覚からしても親の墓を建てないのはありえないことだが。信心のかけらもない私ですら母親が亡くなったら墓は建てるつもりだし、その際に義理の姉や母親の両親の遺骨も一緒にいれるつもりだ。あの世や魂の存在を信じなくとも、母親を弔う場はあるべきだと思うし、母親の面倒を見て私のこともかわいがっていた義理の姉の遺骨も一緒に入れてあげたいと思うのだ。

私の信心のなさに話を戻すと、母親も信心は厚くないが困った時の神頼みくらいはする。しかし私は信心がないにとどまらず、それを強く嫌悪するようにまでになった。きっかけは父親が信仰する祈祷師のお告げで私の進路に口出ししたことで、そこで一気に針が振り切れ宗教的なもの全般に強い嫌悪感を抱くようになった。なぜ、そこまでの嫌悪感が湧いたのだろう。

これも脳の覚醒レベルが低い状態から、不快な感情や怒りで覚醒しようとするADDやサイコパスの形質と関係しているのかもしれない。それまでも父親や親族のバチが当たる、狐が憑いたなどの呪術的思考に不快な印象を抱いていたが、それを私の人生に適用しようとしたことで脳に着火し、脳は自身を覚醒させるための燃料として、宗教的なもの、呪術的思考を常時嫌悪する選択をしたのかもしれない。私の意識とは関係なく。

つまり不快さや怒りを脳の覚醒燃料とすることは父親から遺伝したが信心深さについては遺伝せず、母型の信心の無さの方が遺伝したことによって、偶然このような呪術的思考を嫌悪する人格が形成されたということかもしれない。

また「平気でうそをつく人たち」で紹介されている強迫観念症にとらわれた男の悪魔契約の思考は私と似ているような気もする。彼は悪魔の存在を信じていないと言いながら、頭の中で悪魔と疑似契約し、自分と子供の魂と引き換えに強迫観念症を克服しようとした。

私も先祖の呪いなど信じていないが、私の遺伝的欠陥は先祖の呪いで、その呪いに勝たなければならないと思い込むことで欠陥を克服しようとした。もしかするとこれは私の歪んだ呪術的思考なのかもしれない。信心の無さによって呪術的思考が先祖の呪いを呪うといった形で現れたのかもしれない。

>>つづく