2017年07月

祖父はきちんと手続きをしていなかったから土地を取られたんだろう。私はずっとそう思っていたが認識を改めた。きっと祖父も私同様に生活を立て直すために色々動いたと思う。子供の人生を思う使命感がなければ、老後自活することはできなかっただろう。持ち家があり、年金があるということは、子供の人生をきちんと考えた証なのだ。

もし、祖父が私の父親と同じような思考の持ち主だったら、子供たちにこう言っていただろう。「俺はGHQに土地を奪われボロボロになったんだ。こうなったのはしょうがないじゃないか。お前ら育ててやった恩があるだろう。」そう言って子供の人生などおかまいないなしにすがろうとしていただろう。

私の父親は子供の頃、貧しい経験をしたとはいえ、成人する頃には高度経済成長期と共に人生があった世代である。この世代の人間、しかも人並み以上の収入があったにもかかわらず、無年金で老後迎え、子供に老後の生活をすがろうなど考えるのは、子供の人生を考えて人生設計しないからなのだ。

父親は「親に何もしてやれなかったのが心残りだ」とも言った。それは祖父と姉の苦労によって何もしなくてよいように、きちんと老後自活できていたからではないのか。祖父は全く自分に否がないことで人生が狂ったが、父親は自分の落ち度でしかない。父親が祖父や姉の話を引き合いに出すことなどおこがましい。祖父も年金で自活し、姉たちもみな今は年金で自活している。にもかかわらず、よくそんなことが平然と言えるのものだ。

しかも、その姉の一人は私が小さい頃に金銭の支援もしていた。それは祖父の支援もし弟の子供のためにも支援をしていたという話だ。そして、その人は持ち家もあり今も働いているという。立派な人である。その人の爪の垢でも煎じて飲めと言いたいくらいだ。

つづく

遠方に住む祖父とは、私がまだ子供の頃に数回あった記憶しかない。すでに80歳近い高齢だった。今は80代でも元気な人も多いが、今ほど栄養に恵まれず肉体労働で身体を酷使してきた人は、もっと老いが早かった。祖父は明治時代の生まれである。

祖父はあまり話さずいつも不機嫌そうに見えた。私が小学生の頃に亡くなり、葬儀にも出たが悲しいといった感情はわかなかった。しかめっ面の印象しかなく遺体の表情もそのように見え、子供ながらに「生きてて何か楽しいことはあったのかな」と思ったくらいだ。

祖父はかつては先祖から引き継いだ土地をたくさん所有していたらしいが、政治的な事情で全て取られたと聞いた。その事についてネットで調べたこともあったが、そのような話は見つからなかった。それで私は、父親のように税や法にうとく土地の権利の手続きをなどをきちんとしなかったからそうなったのだろうと思っていた。

しかし、それから何年か経ってたまたま見つけた記事にそのような話を見つけた。戦後のGHQの占領統治の時代、地主と小作人の関係は日本の軍国主義の温床だという事で解体が進められたらしい。かつての地主たちは所有していた農地を小作人にタダ同然で渡すことになったらしい。祖父はそういった事が原因で貧困に落ちたようだ。

祖父が残した土地(住宅地は残ったようだ)の相続手続きの際のやりとりで、父親の姉の一人の手紙の中にもそのような話は書いてあった。戦後、祖父の人生計画はめちゃくちゃになった
。苦境を乗り越えて、ようやくあの家は建ったのだと。その手紙の返事をくれた方は、長女で戦前に大学も通っていたらしい。当時、娘を大学に通わせることができたということは、世間一般の人たちよりも豊かな生活をしていたのだろう。農地を奪われるまでは。(ただ、小作人は地主との主従関係の中、ひどい扱いを受けてきたという話もあるので、実際にこのことは格差是正になった面もあるのかもしれない)

いずれにせよ、祖父は自分の落ち度とは全く関係のない事で人生が狂ったのだ。そして苦境の中、祖父は生活を立て直すべく働き、娘達(私の父親の姉)も援助し、何とか老後過ごしていくための家が建った。そして老後はその家で祖父も祖母も年金で生活していたのだ。

確かに祖父は娘達の援助を受けたかもしれない。でも祖父はマイホーム願望を叶えるために娘達をこき使っていたわけじゃない。祖父も娘達はいずれ嫁に嫁いで家庭を築くことになる。それを見据えて老後は出来る限り自活するつもりでいたのだろう。だから家が建ち年金で生活できていたのだ。

つづく

父親の本性を知ると、家を買いたいと言い出してからの不可解な言い分も全て理解できた。家など買う余裕はない、母親はいずれ施設にいれることも考えている。父親が貯めたお金は自分の老後の生活費として自活して欲しい。そう切り出した時、「どうも、おかしな話になってきたぞ、そういう話になったのか・・・」と、さも自分が切り捨てられているかのように捉えていた。

私からすれば脳梗塞を起こした母親は再発するかもしれないし、軽い後遺症もあり認知症の症状も出ていることから、いずれは施設に入れることも含めて考えての話なのだ。働きながら介護は無理だし、しかも母親は無年金である。施設の費用は夫である父親の代わりに私が全部負担するという話だ。それを自分だけを見捨てようとしているように取っている。もともと嫁の面倒を夫である自分が金銭含めて見ていくものという認識がなく、老後生活は子供がみるものと思っているからだ。

さらに父親は、私がまだ幼い頃、父親の姉の一人が金銭の援助もしてくれていたという話もしていた。なぜ今そんな話を?とその時は思ったが今ならわかる。お前は俺の姉からも恩を受けているにも関わらず、恩知らずのわがままを言って親を切り捨てようとしていると主張しているのだ。

ちなみに父親の姉がお金を送ってくれていたことは知らなかったので、それをどうしたかと聞くと使わずに取っているという。じゃあ自分のポケットマネーになっているだけじゃないか・・・その後、母親に聞くと、確かに一部は私のために使ったらしい。しかし私が生まれる頃には高度経済成長期に入り、金銭の不自由は得なかったようで、援助は必要なかったはずだ。具体的な金額は聞かなかったが、そんな大金ではないだろう。

またこんな話もしていた。一人で暮らしていたら酒に溺れてしまうかもしれないぞと。これも面倒を見なければ飲んだくれになってお前に迷惑かけるぞと言っているのだ。こういう台詞からも子供の人生などなんとも思っておらず自分の保身しか考えていないことがわかる。

祖父も家を建て年金で自活していたのだから、働ける限り働き、健康な限りは自活してほしいと言った時、父親は、「お前は表面的な事しか見ていない、あれは俺の姉たちが犠牲になって建てたものなんだ」と言った。これは親が苦境にあるのなら、子供が人生を犠牲にしてでも支えるのは当たり前だという意味で言っているのだ。

そう理解して私は心底腹が立った。お前と爺ちゃんは全然状況が違うだろう!と。

つづく

父親が無年金・無貯金で老後迎えた理由。それは子供の人生を考えない親だからだ。そう理解した途端、父親の過去の言動がフラッシュバックのように蘇ってきた。

まず最初に父親が65歳、つまり、世間で言う定年の年齢になり、東京で暮らしている私に「そろそろあとのことはよろしく頼むわ」と電話してきたこと。もうこの時点でおかしいのだ。そもそも自営業の父サラリーマンのような定年はないのだ。親には老後資金を作り切ったら、いつ仕事をやめてもよいというだけである。

それに年金がいくらあるか、貯金がいくらあるか確認もせず、健康であるにも関わらず、このような電話をしてくるのは、最初から老後は子供に頼る前提で自活する意思がないからだ。この電話の後、無年金と発覚して私は頭が真っ白になってしまい、自分が何とかするしかないという意識が前に立ち、すっかりこの台詞を忘れてしまっていた。

さらに妹が高校を卒業してしばらく経ち、親元を離れて都会で働きたいことを伝えたときのこと。母親から聞いたことだが父親はこう言ったそうだ。「出ていくのは構わないが、老後の面倒はみてもらわなきゃ困るぞ」と。当時、この話を聞いた時に不思議に思ったのを覚えている。父親はまだ50代で働き盛り。年老いた後は長男である私が面倒をみるつもりだし、なぜ今、妹にそんなことを言っているのか。健康に不安でもあるのだろうかと不思議に思ったのだ。

しかし今になって思えば、これもこういうことだ。あと15年もすれば世間言う「定年」で、その後は子供に生活の面倒を見てもらうことを前提でいるから、50代でこのような台詞が出てくるのだ。自営業なら老後の資金を自分で作りきって「定年」であるが、そんな意識はないのである。

さらにもう一人の妹、つまり父親にとって3人目の子供ができた時のこと。母親がそのことを伝えたら困ったような顔をした、妊娠中に浮気もしていたという話を、母親から何度か聞かされたことがある。ただの愚痴だと聞き流してきたが、よくよく考えてみたら父親からしたらまたできたのかという気持ちだったのだろう。子供ができたことは面倒事でしかなく構わず浮気もしていたのだろう。

私(長男)と妹(長女)が先に親元を離れ、最後に次女の妹が一人残されたのだが、帰りが遅いと「お前は食って寝るだけだ」と父親に怒られていたらしい。後になって周囲の人に話してみたら驚くような台詞だ。夜遅く女一人で歩いてたら危ないから早く帰ってこいと怒るのではなく、働きもしない余計な食い扶持であるかのような物言いだからだ。一応言っておくと妹は、高校卒業後は働いていたしニートのような期間はない。その後すぐに親元を離れて働いている。

さらに極めつけは私の父親の仕事は建築業だということだ。父親は人の家を建てる仕事もしており、祖父の設計の手伝いもしたそうなのだ。また仕事で銀行の重役の人たちともつながりが深かった。なら、家を建てる際もコネを使えば、普通の人よりも有利な条件で良い家を建てられたかもしれないし、家のローンについて相談できる人間も普通の人より身近にいたのだ。にもかかわらず、持ち家を持とうとせずに賃貸マンションに暮らし続けた。

私は「子供3人育てるのにお金がかかった」という話をたびたびされていたし、両親ともに生まれ故郷を離れて結婚しており、だから引き継ぐ土地もなく苦労が多いのだと思っていた。だから仕送りもしてきた。しかし、今になってわかったが父親以下の収入でも子供3人育て、1人、2人大学に入れて、年金、貯金が人並みにあり持ち家があり、老後自活しているのはごくごく普通のことだった。

最初から読んでいただいている人の中にはここに至るまでに、なぜ異常な父親だと気づかないのか?と不思議に思ったかもしれない。しかし、異常な環境にいると異常だと気がつかないものなのだ。だから私は父親を偏屈な人間くらいにしか思っていなかった。

妹二人は今もその程度にしか思っていないと思う。父親と距離を置くと伝え、今までの経緯を説明し父親がどういう人間なのかも手紙で説明したが理解していないようで、たぶん私が言葉尻を捕らえて曲解していると思っていると思う。でも、それも無理はないと思う。私も長年気づかなかったのだから。

つづく

私の人生を犠牲にしてまで尻拭いをし、老後の資金を貯める手助けをしたのにもかかわらず、親の面倒を見ない親不孝の息子のように言う父親。怒りと混乱が収まらない中、偶然ネットの質問掲示板でこんな話を見つけた。

ソースはこちらになります。
無年金のため義息子に家を追い出されます
(質問と回答が時系列で並んでおらずやや読みづらいです)

相談者は年金を一切払っておらず無年金確定、貯金ゼロの61歳の男性。このような状況らしい。
・相談者(61歳)。無年金確定。月収15万。月5万だけ娘夫婦に払っている
・相談者の嫁(61歳)。無年金確定。病気で働けない状態
・嫁が病気になってから娘夫婦(30歳、31歳)と同居、孫がいる

私が娘ではなく息子で独身であること以外は似たような状況だった。娘夫婦が家を買おうとしていて、そのタイミングで私を「追いだそう」としている。家族会議をしたが、娘婿さんは別居する意思は固い。娘はただ泣いているという状況。どうしたらいいかと。

これに対する子を持つ親らしき人たちの返答。

・貯蓄をしない、年金を払わない、病気の嫁の面倒も自分で見られない、娘を幸せにしてやることもできない。もしあなたが父親だったらと思うとゾッとしますよ
・病気の母親を引き取るだけでも、相当覚悟しています。貯金も年金もない親2人を普通の収入で支えきれるわけがないです
・娘さんはあなたの所有物ではありません。もう解放して幸せに過ごさせてあげたらどうですか


これに対する相談者の反論。

・老後に必要なお金をすべて見てくれと言ってるわけじゃないです。働ける限り働いて生活の援助をするつもりです。健康には自信があります。
・娘をいろいろなことに連れて行ったし、暖かい家庭で娘を育ててこれたのが私の自慢です。
・父親を見捨てて娘は幸せに過ごせると思いますか。後悔にさいなまれるのではありませんか。


相談者に対する返答

・働けない日が来るのは誰だってわかることでしょう。病気や介護が必要になったら、その後の娘夫婦の生活は地獄になる。だから今出て行って欲しいと考えるのは当然です
・子供をいろいろなところに連れて行くなど、どこの親でもやっていることです。他の家庭は年金を払う代わりに旅行に連れて行っていないとでも思うんですか
・貯金や年金なしでどうやって老後過ごしていくつもりだったんですか


これに対しても相談者は「老後の蓄えがないのは見通しが甘かったと言わざるを得ません」と人事のように言う。さらにこう言う。

・孫は可愛い盛りです。近くでこれからの成長を見届けていきたいです
・私は父親を孤独死させてしまったんです。だから同じ思いを娘にさせたくありません


私は自分の状況と重なりはらわたが煮えくり返るような思いになった。お前ような人間に孫の成長を見届ける資格などないだろう!その歳で月15万程度の稼ぎなら、ろくに貯金も作れない。しかも嫁は既に病気だし介護が必要になるかもしれない。このまま無年金の親2人抱えていたら、近い将来、娘夫婦の生活は破綻する。孫をまともに育てることもできなくなる。みなが言ってることは当たり前のことじゃないか!

お前がやることは娘夫婦に嫁の面倒をみさせてすまない、これ以上迷惑はかけられない。そういって自ら出て行くべきだろう!自活する稼ぎを得られなくなったら生活保護を受けるしか無い。娘夫婦は何も悪く無い。無年金なのはお前の問題だろう!育てた恩を盾に子供や孫の人生つぶそうとするな!!

しかも自分は親の面倒をみてもいない。それなのに娘夫婦に無年金の上で面倒を見させようとする。親を孤独死させたって・・・それは単に子供の人生の迷惑にならないように自活していただけの話じゃないのか。

この相談者と私の父親とが重なって見えた。無年金と発覚した時、老後これだけのお金がかかると話した時、「そりゃ電卓はじいたらそうなるわな」と他人事のように言った。自活をうながすと子供が親を見捨てようとしているかのように捉えている。親の面倒を見れなかったのが心残りだと言い、お前も面倒を見なければ後悔すると言わんばかりの言い分も同じだ。

質問掲示板の最後の方には「精神異常者ですか?」「こんな親、本当にいるんですか?ネタであってほしいです」という返信もついていた。それを読んで私の怒りは徐々に収まり冷静になっていった。そして父親の言動を振り返り、頭の中で何かが重なり合っていった。

そしてしばらく考えた後、「ああ、そういうことなのか・・・」と、私はようやく、本当にようやく、老後生活破綻の救済に入り5年経って、父親の息子として生まれ40年近く経って、ようやく理解したのだ。なぜ父親が無年金なんかで老後迎えたのか。なぜあんなことを言うのか。

私はこんなことになったのは、母親に金銭感覚がなく浪費癖があったこと、親父が母親に任せきりにしたこと、税や法にうといこと、仲が悪く2人で話し合わなかったこと。それらが原因だと思っていた。でもそんなことは原因じゃない。

本当の原因は、私の父親が、子供には子供の人生があることや、子供の幸せを考えない親だからなのだ。そして父親にとって子育ては老後のための投資で、子供を年金だと思っているからなのだ。思いもよらない事だったがやっと私は理解したのだ。

>>つづく

↑このページのトップヘ