2017年09月

両親が離婚して以来、父親とは顔を合わせていない。同居の母親は父親とたまに会っている。最初は私の家に来て母親と会っていたが、私が常に外に出て顔を合わせないようにしていることで、しばらくすると家に来ることはなくなり母親とは外で会うようになった。

母親はその後、脳梗塞を再発することはなく、まだ介護は必要ない。しかし、物忘れが増えてきており、集中力や判断力の衰えも見られる。お金の場所を忘れて私が隠したと疑うなど、典型的な認知症の症状も出てきている。

最近MRI検査を受けたところ、年齢よりやや脳萎縮が進んでいると診断を受けた。やはり数年後には介護が必要になり、仕事と母親の面倒の両立は難しくなりそうである。その時は施設に預けることになるが、施設代などは私の収入でなんとかなりそうだ。また最近、年金受給資格の支払期間が25年から10年に短縮され、母親も年金受給者となった。月3万程度であるがないよりはマシである。

父親の帳簿、確定申告の処理は今も私がしているため父親の収入を把握しているが、今も人並み以上の稼ぎがある。当面、仕事は続けられそうだし死ぬまでの老後費用は貯められそうである。だから放っておいても問題ない。

最後に。この連載を書いた1つの理由は、私自身、同様の状況にある人たちの話をインターネットや本で読み、自分の親がまともでないと気づくことができたからです。もし、これを読んでいるあなたが無年金で老後を迎えた親を抱え悩んでいるのならば、よほどの経済的事情がない限り、ろくに子供の人生を考えてこなかった結果そうなったのであり、あなたに責任はないはずだと思います。そして自分の人生を潰すことない選択をしていただければと思います。あなたにはあなたの人生があります。

こちらの連載では父親の人間性についてより深く考察しています。
>>サイコパス分析

なぜ遠方に暮らし付き合いもほとんどない親族(父親の兄弟を指しているのだろうが)と話し合いが必要だというのか。最初は意図がわからなかったが、しばらく考えて理解できた。

手紙を読んで父親なりに少しは否があると思ったのだろう。そして、ようやく自活するつもりになった。しかし、離婚を迫られていることについては、理不尽な扱いを受けているような疑いがあるのかもしれない。だから、親族の判断も仰ぎたいと考えているのかもしれない。

私は親族と付き合いはないが、父親はたまに会っているようで、メンツのためにも離婚したことを親族にバレたくないという気持ちもあるのだろう。もしくは親族の話を持ち出せば、私も離婚を強く迫れないのではないかと考えているのかもしれない。離婚してしまうと完全に縁を切られそうだから、老後のためにも最後の糸は切らずにおきたいと考えているのだろう。

いずれにせよ、自分の保身やメンツを気にしている事は間違いなさそうだ。そう理解して、ほとほと私は父親に愛想が尽き、もうこんな人間は父親として扱う必要はないと思った。そして、これはビジネスの交渉と同じだと思うことにし、利害損得による心理誘導を盛り込んでもう一度手紙を書いた。この内容なら今度こそ離婚届に判を押すだろうと。

「親族(父親の兄弟たち)もみな年金で自活していると言ったでしょう。もし離婚の話し合いに親族も加えるなら、ろくに年金も貯金もなく老後を迎えたことも伝わりますよ。そしたら恥をかくことになるでしょう。」

「万が一、母親が脳梗塞を再発して寝たきりになったら、もう離婚はできません。弁護士にも確認を取ったけど、夫婦双方の意思表明できないと原則離婚はできないそうです。法的に夫婦のままであると、夫であるあなたがかかる費用を支払っていく義務があります。」

「もし母親の介護費用などを払い続け、今まで貯めた資金が尽きたら、生活保護を受けるしか無い。生活保護を申請したら、兄弟に援助できないかの確認通知がいきます。そうしたら、やはり恥をかくことになりますよ。」

これらは誇張ではなく実際に弁護士や役所の人に確認を取った話である。70代、80代でも兄弟に通知が行くかはわからないが・・・

「恥をかきたくなかったら、自分のメンツを守りたかったら、判を押した方が良いのではないですか」

そう書いて、離婚届と返信用の封筒を添えて手紙を送った。そして、1週間ほどして返信用の封筒が届いた。そこには判を押した離婚届が入っていたのである!

父親として子供の人生を考えて自活するのが当然だし、老後の生活費全部みてもらうと考えるのは親としておかしい。子供には子供の人生がある。そういう前回の手紙の内容では判を押さなかったのに、自分のメンツが潰れることをあおったら判を押したのである。

ただ離婚届に判を押して送ってきただけで、なんの言葉も添えられていなかった。離婚届けを提出した後も母親は父親とたまに会っているが、「あいつも俺のことを考えてくれている」と言っていたと母親から聞いた。

それを聞いて、改めて父親が自分の保身しか考えていない事を再確認した。これが無年金で老後を迎え、後の生活の面倒を全て子供に見てもらえば良いと考える親の心理なのだと。育てた恩があるのだから自分のために役に立てば良い程度にしか思っておらず、子供の人生のことなど何も考えていないのである。

しかし、やった、ついに終わったと私はようやく安堵した。これでようやく自分の人生をまともに考えることができると。無年金、無貯金で老後を迎えた親の問題を、曲がりなりにもなんとか解決できたのだ・・・

後日譚へ

面と向かってだと感情的になって話し合いにならないのでまた手紙を書くことにした。父親に手紙を書くのは二度目であるが、今回はより強く自活を促す内容にし、母親との離婚を迫るものである。

最初から老後自活するつもりはなく、子供の人生を考えず、育ての恩を盾に老後の生活を全面的に見てもらえばいいと考えていたこと。世間の人たちは、みな老後年金で可能な限り自活し、子供に老後の面倒を見てもらうのは、夫婦どちらかが亡くなり独り身になるか、病気や老いで体の自由が効かなくなったときの話だということ。

世間の人たちは、子供の人生と老後の自活を考えたから、きちんと年金もあり持ち家もあるのだということ。無年金、持ち家なしで老後迎えた事、その後の言動を含めて本性を知り、もう親子として関係を続けていくことは無理だということ。

そして母親は今後介護が必要になるかもしれないこと。婚姻関係にある以上、母親が介護状態になったら、夫である父親がその面倒を見る責任が「法的」にもあるということ。もし自分で介護費用などを払っていたら、貯めたお金を使い切ることになり老後自活していくことはできないだろうこと。

だから、年金がない母親の面倒は私が見ていく代わりに、自分の老後の費用は責任を持って自分で貯めるべきだということ。私は出来る限りのことはした。母親の老後の面倒を見ること自体、責任を放棄した父親に変わって息子の私が引き取るような話で、私には私の人生があるし、父親には金銭援助をするつもりはないということ。

そういった内容を手紙に書いて父親に送りつけた。すると携帯のメールで返事が返ってきた。このような内容である。

「実はゆくゆく一人で暮らす場所を考えなければならないと思っていました。私が単身赴任で働き始めたのは、嫁が歳のせいで食事の支度をするのがしんどいと言い始め、家を出るべきだと思ったからです。」

私は呆れ果てた。最初に自分で老後資金を貯めて自活するように促した時、パソコンの仕事ばかりしているから人の気持ちがわからないんだなどと、私のことを親不孝者のように罵っておいてよくもこんな嘘を平然と言えるものだと。百歩譲って本当に少しでも自活する気持ちがあったとしても、こんな話はありえない。自分で嫁の面倒を見るつもりはなく息子に任せて、一人で暮らすつもりだったという話だ。

さらに、こう書いていた。「しかし、離婚は簡単にはできません。家族、親族との話し合いが必要です。」何を言っているのか。自分で嫁の面倒を見る気がなく一人で暮らすと言うのに、離婚もしないと言うのだ・・・今度という今度こそ迷惑をかけてすまなかったと言い、自活することを認めた上で、これ以上迷惑をかける訳にはいかないと離婚すると思っていたのだが。

こんな気の狂った父親はなんとしても離婚させて縁を切らないと、私の人生もまともに考えられない。どうやったら離婚させられるのか。そう思い父親からのメールを読み返していると、ある点に気がついた。家族や「親族」との話し合いが必要だと書いていることである。なぜ家族だけでなく、遠方に暮らしほとんど交流のない親族の話を持ち出しているのだろうか。

つづく

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