2017年12月

面談からしばらくして、少年の両親から著者宛てにこのような手紙が来たという。先日は相談に乗っていただき、心から感謝していますなど礼儀正しい言葉から始まるが、その後につづられている彼らの少年への対応は、親としてありえないようなものだった。

彼らは先生のお言葉に従い少年を「宿舎学校に入れた」と言う。確かに最初の面談では宿舎に入れたほうが良いと言ったが、二度目の面談では少年は学校のことを気に入っているし、みんなにもよくしてもらっている。今、学校を変わるのは良くないと言ったにもかかわらずである。さらに、その寄宿学校とは素行に問題がある子供の教育に「大変評判がある」という軍隊学校なのだと言う。これですべてがうまくいくものだと確信しています。いろいろありがとうございましたと綴られて手紙は終わる。なんとも嫌な気持ちにさせられる結末だった。

私はなぜこの両親がこのような行動を取ったのか、自分の父親の言動と照らし合わせることで理解できた。彼らの行動原理は、社会人としての「メンツ」を保つことなのである。そして子供はメンツを保つための「お飾り程度」の存在でしかない。子供の気持ちになって考えたり、子供の人生がよくなるよう考えたりするよりも、自分のメンツを保つことを優先して考える人間なのである。

彼らは面談の際、子供のことを心配しているかのようにふるまい、実際に面談にも来ていることから、表面上は子供のことを思う両親のように見える。しかし実際は、子供のことを考えて足を運んでいるのではないのだ。

息子が成績を落としたり、窃盗行為を行ったりして、学校から精神科医を紹介されているにも関わらず、無視して足を運ばないと「子供のことを考えない親」のように周囲から見えてしまう。それでは自分たちのメンツが潰れるから、その場に足を運ぶのだ。彼らが息子に対して憎しみの念を持っているのも、自分の思い通りにならず、あげく成績を落とし窃盗を行い、自分たちのメンツを潰したからだろう。彼らは息子がなぜそうなったかを考えるよりも、自分たちのメンツの挽回の方が大事なのである。そもそも子供の気持ちになって考えるという感情自体無いのかもしれない。

息子が心理テストを受けることを拒むのは、家の中で息子をどう扱っていたかバレてメンツが潰れることを恐れているからだろう。もしかしたら虐待をしていたのかもしれない。そして自らが心理テストを受けるようなことや治療を受けるようなことは、彼らにはもっとありえないことだ。それは自分たちに問題があると認めることでありメンツが潰れるからだ。

そして、最後の息子への仕打ちは、そのメンツを守るための集大成のようなものだ。彼らは最初に面談を受けた時に、著者に息子を宿舎に入れるように言われたがそうしなかった。その後、息子は窃盗行為を行ってしまった。彼らは著者の言うとおりにしなかったことで、より悪いことが起きメンツが潰れたと感じているのだろう。

実際には、少年が窃盗行為を起こしたのは、最初の面談後、宿舎に入れなかったことではない。その後の学校生活はうまくいっていた。そのようなことを起こしたのは、少年がボランティアの代表として会議に参加することを、彼らが認めなかったからである。しかし、そういう自分の非を認めることは、メンツが潰れることだから受け入れることはないのだ。

そして彼らは自分たちが悪いのではなく、息子自身の問題だと考えようとする。著者のあなた達にも問題がある、治療を受けたほうが良いという話に対しては、全く聞く耳を持たず、子供は生まれつきの遺伝的問題だとまで言ってのける。

彼らは上品に振る舞っていても本質的には最初に書いた自殺した拳銃を息子に与えるような父親と同じなのだ。この労働階級の父親は、労働階級で良い教育を受けていないから、そんな事はわかるわけがないと、コンプレックス混じりのメンツを保つことに躍起になり、子供の問題に向き合わなかった。社会的ステータスの高い父親との違いは、感情のコントロールが下手で子供の人生を考えない親であることがわかりやすいというだけである。

そして上手く本性を隠せる社会的ステータスが高い彼らが出した答えが、
  1. 最初の面談で著者に宿舎学校に入れた方が良いという勧めに、今度は従ったということでメンツを保ち、
  2. 自分たちの息子への扱いが悪かったからこうなったのではなく、息子自身の問題だと思うことでメンツを保ち、
  3. 素行の悪さを矯正するために軍隊学校に入れることで、言いなりにならない息子を厄介払いした
ということなのである。その中に子供の気持ちや人生を考えるといった感情はない。ただ上辺の社会人らしさを保とうとしているにすぎないのだ。実際に周囲の人に「なぜ息子さんを宿舎に入れたのですか?」と聞かれた時、彼らはこのように答えるだろう。
  1. 最初に精神科医の先生に、息子を宿舎に入れるように言われが、親元を離れて暮らすより、愛情ある家庭で育てた方が良いと思った。
  2. しかし、窃盗行為を起こすまでになってしまい、やはり先生が言っていたことが正しかったのだと思い直した。
  3. 自分たちは息子が良くなるように努力してきたが、息子自身の問題は私達の手に負えないものだった。
  4. だから、問題行動を矯正するために軍隊学校に入れるしかなかった。
こう話せば周囲の人から同情を買うことだってあるだろう。 すべてはメンツを保つために計算づくなのである。

>>つづく

引用元の本。

校長から来た手紙の内容は、少年がクラスメートと共に学校内の部屋に押し入り窃盗事件を起こしたというものだった。本来なら退学処分にするところだが、彼は友人にも先生にも良い印象を持たれている。障害者向けのボランティア活動をしていて、その活動が認められニューヨークの障害者向けの会議に代表として選ばれた。そのような少年が、なぜ急にこんなことをしたのか診察して欲しいというものだった。

著者は再び少年と面談するが、前回同様、質問にぶっきらぼうに答えるだけである。そして、ボランティアの代表として行った会議はどうだったかと聞くと、行っていないと言うのだ。「部屋をきれいにしておかなかったから」という理由で両親が行かせてくれなかったのだと。

著者は、君が良いことをして自分の力で手に入れた勉強になる旅行だったのに、部屋をきれいにしておかなかったくらいで行かせてもらえないのは、理不尽なことだと思わないか、その腹いせに盗みに入ったのではないのかと聞く。しかし、少年はわかりません、父と母は悪くないですと答えるだけだった。

この時、少年は前回から別の学校へ転校していたが、宿舎学校ではなく今も両親と暮らしていた。手紙を送った人も転校先の学校の校長らしい。そして、著者が宿舎学校に今でも行きたいと思っているかと聞くと、今の学校がいい、残れるようにしてほしいと、そのことに関しては明確に意思を伝えた。校長の手紙に先生や友人と良好な関係であると書いてあったのは、そのとおりだったのだろう。

そして、著者は両親と再び面談する。両親は息子のことをひどく心配しているように話し、先生のすすめどおり心理療法の先生のところへ連れて行っておけばよかったと後悔の念を述べもする。著者がなぜ連れて行かなかったのかを聞くと、息子があまり乗り気でないように見えた、成績が悪いところに心理テストのようなものを受けさせるのは自尊心を傷つけるのではないかと思ったと、最もらしい理由を述べる。

少年がなぜ盗みに入ったと思うかを聞くと、理由は全く検討がつかないと言う。著者が盗みは多くの場合、怒りの行動である、少年が腹を立てるようなやりとりがなかったかを聞くも、見当がつかないという。 ボランティア活動の代表として会議へ行くことをやめさせたことについて問うと、「行ってはいけないと言った時、怒っているように見えなかった」と言う。著者はそのようなことが彼を怒らせることにならないと気づきませんでしたかと問うと、「私たちは心理学者じゃないからわからない」と言う。 とぼけているのではなく、本当にわからない様子なのだ。さらに「正しいと思ったことをしただけだ」と。

その「正しいと思ったこと」について聞くと、少年が答えたように「部屋をきれいにしておかなかったからだ」と言う。自分の家をきちんとできない人間は行く資格はないのだと。子供が自分の努力で手に入れた教育旅行に行かせない理由として、それは適切な理由には思えないという問いに母親は「知的障害児と関わることが良いことかどうか確信が持てない」と言い出すのだ。

著者は最初の面談から違和感を感じたらしいが、私もこのあたりから彼らは道徳心の欠落と強い偏見を持っている人間だと感じた。思い返せば最初の面談で心理療法の先生を紹介した時、この父親は「それはユダヤ人の名前ですな」と言う場面もあったのだった。このような道徳基準のずれ、道徳よりも部屋の整理を重んじたり、強い偏見を持つ傾向は私の父親にも見られるものである。

著者はもう一度、前回紹介した心理療法の先生の診察を受けたほうが良いとすすめる。さらにこの問題を解決するために「あなた方も治療を受けることをおすすめする」と言ったのである。子供の気持ちになって考えるところがないと見受けられるからだと。そうすると、父親は面白い話ですなと一笑し、私達は社会的にかなり成功した方で、妻は地域活動のリーダーもやっている。もう一人の子供の方は特に問題なくやっている。そんな我々がなぜ精神的に病んでいると考えるのかと、あくまで怒りを露わにはせずに冷静な口調で反論する。

著者はあなたたちは息子さんの希望をことごとく拒否し続けた、しかも直近のものは社会活動を認められての旅行だった。それが息子さんにどういう影響を与えるかを考えもしない。息子さんを意識的に傷つけようとしているのではないかもしれないが、無意識では憎しみの感情を持っているように見えると、彼らに言う。

これに対し父親は、先生から見れば息子の悪事にわれわれに責任があるというのもわかる。しかし、私たちは息子には最高の教育を受けさせ、安定した家庭を与えるために汗水流して働いているのだと反論する。さらに母親は、私の叔父はアルコール中毒であり、息子の問題はその叔父から引き継いだ遺伝的欠陥による可能性はないか、私達がどう扱おうと息子は悪いことをするのではないかとまで言い放つのだった。

その後の著者の話にも、彼らは自分たちの非は一切認めず、心理療法の先生との面談を避けようとする。あげく息子は遺伝的欠陥により治療不能であるかのようにまで言う。そのような態度に著者は恐怖を感じたらしい。それでも著者は冷静に努め、彼の問題は遺伝的なものや治療不能なものではない。あなた達が息子さんへの対応を変えることで治療可能だと説得するが、聞き入れることはなく仕事があると話を切り上げてしまうのだった。

私は遺伝子に関する本を読んで遺伝子が人の行動に影響を与える大きさを人並み以上に信じている方だと思うが、それでもこの少年が窃盗行為をしたのは、遺伝的原因であるはずはないと思う。ボランティア活動を通じて行くはずだった会議を、たかが部屋の掃除ができていないことで行くことを許されなかった怒りによるもののはずだ。

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