2018年05月

東京で就職してからは、能力的には問題なく働けていた。しかし、怒りで集中することを続けているうちに、感情のコントロールが難しくなっていった。子供の頃の私は腹をたてることはめったになく温厚な方だったのに、ささいなことでイライラする短気な人間に変わっていった。

仕事で少しでも思い通りにいかないとイライラするのはしょっちゅうで、自分の考えと違うと思うと相手にすぐ議論をもちかけるようになった。能力がないと判断した人間は無能と見下し、目上の人間であれ敬意を払わなくなり、それを態度に出すこともおかまいなしになった。

また馴れ合いになって言いたいことが言えなくなるのが嫌になり、職場の人間とプライベートで遊ぶこともめったにしなくなった。同僚は昼食を近所の店で一緒に食べていたが、私はできるだけ一人で取るようにしていた。こういうストイックさも過去の自分にはない事だったし、こういう面がある事に自分で意外に思ったくらいだ。

プライベートでは職場とは別に友達がいたが、やはりささいなことで腹を立てるようになった。たとえば待ち合わせに少し遅れるだとか、考えが違うだとか、行きたい店が違うだとか、本当にくだらないささいなことでである。そして何でも自分が主導権を握りたがるようになった。

最初は気が合うと思っていた友人を特に明確な理由もないのに急に嫌になったり、気に食わないところや欠点を見つけては小馬鹿にしたりするようなことも増えた。さらに物事に対して強い偏見を持ち、それを口にして人からひんしゅくを買うようなことも増えた。そうやって相手からも離れていったし、自分も付き合いが面倒になり連絡を取らなくなった。お前たちと自分は違うというエリート意識や排他的な思考を持つようになっていった。

しかし、職場では自分より上と認めざるを得ない人もいて、まだ超えられない壁があるように感じていた。彼らは私と違って怒りを燃料にしていないし、私に比べ客観的に冷静に議論できるように見えた。そして、私より深いレベルの思考を持っており、出す答えの精度も私より上だと認めざるを得なくなった。

私は相手の意見も冷静に吟味して正しい答えを出そうとするよりも、自分の正しさを優先するために議論する傾向がある。そのため思考のレベルが浅く、こじつけの偏見が混じった意見を言うことも多い。そのように客観的に認めるようになった。怒りは冷静さや客観性を持って熟考することと相性が悪く、能力を伸ばすのに限界があると感じたのだ。

また最初は集中力を上げるために意図的に怒りを燃料にしていたが、だんだん怒るために怒るように、イライラする対象を探すようになっている事に気づくようになった。能力を開花させ望んでいた仕事ができているにも関わらず、毎日イライラし怒りでヘトヘトになることもあった。なぜ、こうなってしまったのだろうと思うようになった。

当初はその理由を、能力を身につけないと社会で通用しないという焦り、自分や周囲に対する怒り、そしてその怒りを糧に能力開花してしまったことが、自分を変えてしまったと思っていた。たしかにそれもあるかもしれないが、それだけではないと思うようになった。

なぜならたまに親元に帰り、昔からささいなことで不機嫌になる父親や妹を見るうちに、彼らに似てきていると感じるようになったからだ。またそれらの傾向、特に排他的思考は「閉鎖的な村社会の人間」と嫌っていた父親の親族にも見られることだ。そして自分の中にも彼らと同じものが元から内在していて、それが表面化しただけでなのではないか?私の問題は遺伝的なことではないか?と疑いを持つようになったのだ。

私はもともとは温厚だったので、彼らとは似ていないとずっと思っていたし似なくてよかったくらいに思っていた。だから彼らに似てきていることを認めるのは受け入れがたいことだったが、自分の欠陥の理由をきちんと理解して克服し、もっと能力を向上したいという執着がそれを受け入れさせたのだ。そして、私は遺伝子や脳に関する本を読み漁り始めたのである。 

中学生までは、まだ中の上くらいの成績だったが、高校生になってからは勉強する意欲を失い、何とか地方の名の知れない大学に入った。今で言うFランク大学である。

それでも自分にはやりたい仕事、入りたい会社があった。しかし、今いる大学卒業の肩書で入れるような会社ではなかった。プログラミングの能力が必要な仕事であるが、今の大学の授業をこなしところで入りたい会社ではとても通用しないとすぐにわかった。

そもそも自分は人の話を聞き取る能力が低いため、それ補うくらいの人より優れた能力が無いと、望む仕事につけるどころかまともに社会生活を送っていけないだろうと思っていた。今のうちに独学で人並み以上の能力を何か1つでも身に着けないといけないという焦りがあった。

大学生活も楽しいものではなかった。周囲の人間は目標なく自堕落な大学生活を送っているように見えた。私が目標を語っても「そんな人間はこんな大学にはいないよ」と鼻で笑われるだけだった。彼らと一緒にいたら駄目になると距離を置くようになり孤立していった。

アルバイトは飲食店のように注文を覚えたり、状況を見て判断する事が求められる仕事はできそうになかった。よって単純な肉体労働を選んだ。それも使えないやつ扱いだったが。

話は遡るが大学の進路を決める時期、父親にこの大学を受けてくれと言われたことがあった。祖父の代から世話になっている祈祷師のお告げらしかった。会ったこともない人間が勝手に自分の進路について口出ししていることに腹立たしく思った。以前から父親及び親族はこの祈祷師を信じており、家にもお守りを送ってきていた。

小学生くらいまではそのお守りをよくわからずつけていたが、周囲につけている人間はいないし、恥ずかしいと思いつけなくなった。また閉鎖的な村社会出身の父親や親族のバチだの祟りだのいう話に、うす気味の悪さを感じるようになった。さらに私が大学生の頃には、オウムの地下鉄サリン事件もあり、宗教そのものに強い嫌悪感を抱くようになっていた。

私はそれまであまり怒る人間ではなかったが、だんだん怒りを溜め込むようになっていった。周囲の人間、自分の不甲斐なさにである。ろくな大学に入れず、アルバイトすら人並みにやれない。占いまがいで進路に口出しされ、しかもその大学に入る学力もなく低レベルな大学に入っている。神だの宗教にすがるような人間は、自分で決断できない弱い人間だと、当時の私が言ったところで何の説得力も無かった。

しかし、そういった怒りが私にある気づきをもたらしたのだ。頭に来ることばかり考え、怒りが頭の中で充満した状態で机に向うと、今までにないくらいに勉強に集中できたのだ。

それまでも勉強している時に集中していると感じる時はあった。しかし怒りを燃料にした集中力は、それまで感じた集中力とは格段に上のレベルのものだった。朝起きて夜寝るまで食べる間も惜しみ、目の前のことにのめり込んで集中するようなことは今までなかったことだ。脳の中でバチバチと電気が弾けるような感じもしたのだ。

私はよくボーッとしていると言われていた。人の話を理解できないからそう見えていた面もあっただろうし、空想にふけることも多かったが、実際に頭がボーッとすることがあった。何か頭にもやがかかっている感じもした。しかし、怒りで集中することを覚えてからは頭がはっきりと働くようになり、そのようなことはなくなっていった。今まで脳の中に何かが引っかかっており、それが怒りによって押し流され、どっと思考が流れ込んできたようだった。

そして、大学を卒業する頃にはそれまでの猛勉強で、プログラミングに関しては人並み以上の能力がありそうだという手応えを感じていた。大学を卒業するまでの半年ほど、プログラミングのアルバイトをしていたが、社員の人達と遜色なく働くことができたし、社長からも良い条件を提示できるから正社員としてどうかと言われるまでになったのだ。日雇いの肉体労働のアルバイトでは使えないやつ扱いだったにも関わらずである。

その正社員の誘いは断り最初の目標を叶えるために上京した。そして競争倍率が高く狭き門だった念願の会社に入ることができたのである。ただ入っただけでなく能力も通用した。しかも、その能力は独学でしか勉強できない私が、まさにその独学で開花させたのだ。今、振り返ってみてもあの時の目標を成し遂げるための集中力と勉強量は自分でも驚くような熱量だった。 

>>つづく

私が小学生の頃の成績は、どちらかといえば良い方だったが、読書感想文の宿題にはとてもてこずった。内容は理解できても感想が思い浮かばないのだ。大学生になっても感想文を書くという課題は苦手なままだった。だから本の概要をまとめることでごまかし続けた。

中学の時、授業で回れ右をやる事があった。自分だけうまくできず、違うと言われ続けてみんなの前で一人だけ何度もやらされた。他にも人が言ったこと、やったことを見習って、同じようにやることが苦手だった。言われたことをその場で理解し、再現することがうまくできないのだ。

中学の時の成績も悪くなく、中の上か上の下くらいだった。しかし、客観的に見て人より勉強しているのに、その努力の割に上に行けないもどかしさを感じていた。部活動でキャプテンをやり、成績もトップクラスの優秀な友人がいた。ある時彼に、部活動も忙しそうなのになぜそんな成績が良いのか、いつどのように勉強しているのかを聞いた。すると事も無げに彼はこう答えたのだ。

「いつって、授業中先生の話を聞けば良いよね?あとは家で復習するだけだよ。」

私はこの言葉が衝撃的だった。私にとって勉強とは黒板にある内容を写し、家で教科書と照らし合わせながら自力で理解するものだった。そうではなく彼のように授業に集中して話を理解するようにすれば、もっと成績が上がるかも知れないと思った。

そして授業を聞くことを試みた。しかし10分もすればボーっとして、ほとんど頭に入ってこない。先生の話が情報ではなく、ただの音として耳に入ってくるだけだ。そして脳が活動を停止して集中力が失われていくように感じた。授業の内容が理解できないほど頭が悪いわけではない。教科書を読めばだいたいは理解できるし、先程書いたように成績も中の上くらいだった。しかし先生の話を聞きその場で理解することは、ほとんどできていないことに気づいたのだ。

そして、私は自覚したのだ。自分が今までやってきた勉強は、ほぼ独学だったのだと。独学でやっているから、授業を聞いて理解しながら勉強できる人との差が埋まらないのだと。それを自覚した時、私は絶望的な気持ちになった。人の話を理解する能力に欠陥があるから独学でしか勉強できない。だから効率が悪く人並み以上の努力をしても中の上くらいにしかならない。本当に優秀な人間には勝てない・・・。この思いが、私が能力というものに執着を抱くきっかけになった。

また、人の話をその場で理解できないことは、社会に出たら大きな問題になると思った。仕事はテストのように準備して取り掛かれるようなことばかりではない。上司から話を聞いて、その場で理解してやらなければならないこともあるだろう。自分はそういったことをうまくできそうにない。だから社会に出てもまともに仕事はできないのではないかという不安を抱くようになった。

実際に大学に入ってからアルバイトをしてみたが、やり方を教わり、そのとおりにやることがうまくできなかったり理解が遅かったりして、思ったとおり「使えないやつ」扱いになった。 

>>つづく

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