2019年04月

これまで脳の話もしてきたが、最近、私が気に入っているのは受動意識仮説という仮説である。この仮説によると、脳はまず先に意識決定を行い、人間が自意識、自我と認識しているものは、事前に決定されたことを記憶しストーリー化して記憶を強化する、ただの記録係でしかないのではないかというのだ。

私はADD傾向がもたらす欠陥を克服するために、自制を阻む思考を遺伝的欠陥で自分の人生を貶める悪しきもの、先祖の呪いであると考えることで、自分の思考を客観視する習慣を身につけた。

ある瞑想の本にも、自分の中に浮かんできたネガティブな感情を観察して、一つ一つ葉っぱの上に乗せて川に流すことをイメージしてみようといった話を読んだことがある。気付かずに私は瞑想に近いことをしていたのかもしれない。このようなきれいなやり方ではなかったが。

いずれにせよ、自分の感情を客観視したり、脳科学の本を読んでいると、受動意識のような仮説も現実味を持って受け入れられるし、自我など幻想に過ぎないと思うのだ。そして仏教の無我論とシンクロする。

しかしこれは私が近代的教育を受けているからだ。中学生くらいには脳が思考を生み出すということを知っていたはずだから、受動意識仮説のような考えも受け入れられるし、自我は幻想だという考えも受け入れられる。

しかし、ブッダが生まれた2000年前の教育レベルで、自我は幻想であるということを理解するのは常人には不可能なことのように思える。それを理解し得たブッダは紛れもなく天才だと思う。ただその上で疑問に思ったのは自我が幻想であるという理解は、道徳心につながるだろうかということだ。

私は自我は幻想であると思うようになってから、他人に認められたい、理解されたいという気持ちも薄れていき心が楽になった。ブッダが死の恐怖から逃れられたのも、死にたくない、悟りたいといった自己執着こそが苦しみの原因だと悟ったからだろう。

しかし私は自己執着が薄れると同時に、共感を求めてくる話、自己承認からくる自分を大きく見せようとする言動、自分を主役とした人生の物語化といった話を心底くだらなく思えるようになり、今まで以上に他人と距離をおくようになった。

無我を意識するようになってから、自己執着だけでなく他人に対する興味も薄れていき、人間味が失われていっていく気もした。仏教の無常や無我の世界観は他人や社会を思いやる道徳心につながるだろうか?

この疑問について私は母親が脳梗塞を起こした時に答えを得た。救急車を呼んだ時、10分足らずで家にまで来てくれ、入院、治療、その後のリハビリまで、想像を超えたレベルでライフラインが整備されていることに私は感心したのだ。おかげで私は母親が入院中もそれほど負担なく仕事を続けることができた。

退院後も病院の紹介、相談に乗ってくれるケアワーカーがつくようになっているし、デイサービスの利用など、今も社会保障の制度によって助けられている。そこで働いている人たちも仕事ではあるが親身に相談に乗ってくれる人もいるし、仕事の範囲外の対応をしてくれた人もいる。

このような社会制度は元からあったものではない。人権などろくにないような時代を経て、先人たちが営々と築き上げてきたのだ。何世代にも渡る人々の道徳の積み重ねによって、今の社会は成り立っている。それに気づいた時、やはり自分本位であってはならない、私もまた社会に還元しなければならないと、共感力の低い私ですら先人に感謝の念を抱き、道徳的な感情が芽生えるのだ。

私がこのような認識ができるのは、前提として過去と現在は環境が違うという認識があるからだ。世の中は移り変わっていくという認識があるからだ。だから現代の社会制度が世代を超えた人々の善意によって成り立っていると認識できる。そして自分だけで物事が成り立っているのではなく、色々なものの関係の中で自分があるという認識があるから、今の環境に感謝の念を抱くことができる。

無常と無我という世界観が私にこのような道徳心をもたらしているのだ。もし近代的な教育を受けずに呪術的思考にとらわれ、今の状態がずっと続いているもの、自分の存在は魂のような絶対的・永続的なものと考えていたら、自分中心に世界を捉え、このような形で道徳心を抱くことはできなかっただろう。

>>つづく 

これまでサイコパスの共感力や道徳心の低さについて書いてきたが、サイコパス傾向のある人間に全く道徳心がなく、人並みの共感力がある人の方が絶対的に道徳的かというとそうとは限らないと思う。人の道徳心は個人の経験や持って生まれた遺伝的要因など複雑な要素がからみあって構成されている。

共感力は道徳心の基盤となる大きな要素ではある。しかし、共感によって誤った認識が集団感染することもあるし、正義の名目で残酷な行動に駆り立てられることもある。サイコパスでない普通の人々でも不道徳な行為に染まることはある。それも共感によって。

逆に共感力の低い方が、こういった周囲の空気の影響を受けにくく、冷静に物事を見ることができ、客観的に事実を見極めることができることもあるだろう。そして共感力が低くとも道徳的であることもできると思うのだ。私の経験からそのことについて書きたい。

宗教を嫌悪する私であったが、たまに目にする仏教の話には腑に落ちるものもあった。ある時、私は「仏教は宗教分類上、無神論に分類されることもある」という文章を目にした。それをきっかけに興味をもち仏教の本をいろいろ読むようになったのだ。

私は仏教について全く無知だったので、まずは基本的なことから学ぼうと「仏教入門」と名のついた本から読み始めた。まず印象的だったのは、本来の仏教とは関係がないものとして、お墓、葬式、仏壇、先祖崇拝といったものが挙げられていたことだ。

それらの絵にことごとくバツ印がふってあったことに思わず笑ってしまったのだが、仏教を神頼みで念仏をとなえる宗教程度にしか思っていなかった私は、本を読み進めるにつれ考えを改めるのだった。

御釈迦様=ブッダがインド人くらいの知識はあったが、その生い立ちについて全く知らなかった。ブッダは王族の生まれで不自由なく暮らしてきた(あくまで当時としてはだろうが)。しかし、外の世界で貧困、差別、病、死といったものを目にして以来、死の恐怖に取り憑かれたらしい。そして、その恐怖を克服するために出家し修行を始めたという。

ブッダは死に至るような苦行も行ったが、悟りを得ることはできなかった。そしてある時、苦行と断食をやめ、少女の差し出したミルク粥を食べ、菩提樹という木の下で瞑想をして悟りを開いたという。ブッダの悟りから生まれた仏教において重要なことは無常と無我の世界観だろう。

無常(諸行無常)とは、人も世の中も移り変わっていく。変わらないものは何もないという世界観である。自分という存在も年や経験を経て変わっていくし、他人や社会環境と相対するおぼろな存在でしかない。また人間だけでなくあらゆるものは他のものとの相対関係によって成り立っている。植物は土と水がなければ存在し得ない。土と水も単独では存在していない。独立して存在するものは何もない。これが無我(諸法無我)の世界観である。

色即是空も私が好きな仏教用語だ。大まかに言うと、色とは認識のことで、空とは実際には存在しないといったことである。即是とは同じ、イコールという意味である。つまり人は認識のためにあらゆるものにラベル付けし色づけするが、それらは独立した存在しているわけではない。すなわち空であると言う世界観だ。

これら仏教の概念は私の心に深く染み入った。仏教で語られていることは、これまで私が脳科学、遺伝子、心理学の本を読んで身につけた考えに近いものだったからだ。

>>つづく

戦国時代から江戸時代の間、現代より食料に乏しい生活をしていただけでなく、地球の気温は今より1〜2度くらい低かったという(小氷河期)。寒さの厳しい東北地方の当時の子供の構成は、長女、長男、次男という偏りが見られるらしい。これは二世代先(孫世代)の働き手となる子供を産む女性を先に確保し、次に男子2人を次の世代の働き手として確保することを意図してのことらしい。こういうサイクルで回さないと村社会を維持できないと考えられていたからだ。

もちろん当時も現代も、女、男、男の順番で子供が生まれてくるようにコントロールすることはできない。だから、意図しない順番で生まれてきた子供、必要以上に生まれてきた子供を殺める=間引きが行われていた。特に女児がその犠牲になった。

しかしこのような時代でも子供は基本的には大切に育てられたという(豊かな現代には及ばないが)。子供は早死にすることも多く、子供の命は尊いものと思われてきた。生き延びるために仕方なく子供を殺め、そのことに心を痛めた親も多かったのだろう。

しかし逆の味方をすれば、こういう環境では子供に対して愛情がなくただの労働力としかみなさないような人間も、現代ほど異質な存在として目立たなかったと想像できる。

私の父型の先祖は北陸が故郷である。東北ほどではないが冬の寒さは厳しく、現代でも何十センチも積雪する地域だ。しかし他の地域と比べて特別食料に乏しい地域ではなかったらしい。とはいえ、冬の寒さに備えて食料を蓄えておく必要があっただろうし、団結して働く必要があっただろう。

また北陸地方は浄土真宗が根付き信仰の厚い地域で、その信仰ゆえに子殺しは忌み嫌われほとんど行われなかったらしい。しかし子殺しを行わないゆえに江戸時代後期には人口過剰となり農民の生活は困窮するようになったという。だから都会や人口の少ない地域に人を送り出し口数減らしをしていた。このような形で移住した人々は、その土地では勤勉でよく働くと評判だったという。

勤勉さと仕事での協調性は、祖父、父、私にも見られる傾向であることからも、協調性がない者は厳しい冬を生き延びられない環境だったのではと想像できる。冬になり働き者のアリは生き残り、気ままなキリギリスは死ぬような話である。

いずれにせよ父型の祖先の生活環境は、自分勝手にしていても生き延びられる食料豊富な環境というわけではなさそうだ。また子殺しが禁じられており、殺人によって地位が上がるような環境とはむしろ真逆の環境である。

ただ「宗教上の理由で子殺しは行わないが、口数減らしのために子供を家から追い出すのが当たり前」の環境であれば、子供に愛情がないサイコパス親の存在は目立たず埋もれてしまうだろうし、道徳心が低いにもかかわらず信心深さを持つ異質性も埋もれてしまうだろう。

また協調性がなければ生存に関わる環境であれば、自己の利害損得しか考えないが生き延びるために協調性を発揮するような人間も同様に異質性が埋もれてしまうだろう。実際、現代社会で組織のリーダーに登り詰めるサイコパスもいるし、彼らに協調性が全くなければその地位にはたどり着けないはずだ。ちなみにアリとキリギリスの話でも、アリは自業自得とキリギリスを見捨てており、働き者である事と道徳心があることは必ずしもセットではないということだ。

つまり食料環境が良いこととサイコパスの生存はそれほど強い相関はなく、社会が成熟するにつれてより高い道徳性が求められるようになった結果、もともと様々な環境で生存していたサイコパスの異質性(共感力や道徳心が低さ)があぶりだされるようになっただけではないだろうか。

ちなみに江戸時代は子供は7歳までは神のうちととらえる風習があった。神様にお帰りいただくという意味も込めて間引きが肯定されたのではないかという。現存するヤノマミ族もシロアリに食べさせた赤ん坊は精霊になると考えるらしい。つまり近代的な教育を皆がそろって受けるようになる前は、大人になってからも呪術的思考で意思決定することはごく普通だったということだ。

参考

もし私が江戸時代に生まれていたら父親の異質性に気づかなかっただろう。私が父親がサイコパスだと気づいたのは彼が70歳になってからで、当時の人間がそこまで生きることはまれだった。父親が年金をもらう年齢になる前に病気や事故で亡くなっていたとしても異質性に気づかなかっただっただろう。私の認識は「偏屈だったけど子供のために一生懸命働いた父親」でとどまっていたに違いない。

現代は食糧事情が良くなり70歳以上まで生きるのが普通になった。皆が近代的教育を受けるようになり呪術的思考をあまり引きずらなくなった。老後は自分の農地と子供の働きによってではなく、ローンで買った持ち家と年金という社会制度で生活するのが一般的になった。このような時代環境の変化により、父親の子供の人生を含めて人生設計しないにも関わらず、先祖崇拝する異質性があぶりだされたのだ。

>>つづく

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