無年金で老後を迎えた父親。生活を立て直すために再び一緒に暮らし始めて5年。父親は子供の人生をろくに考えない人間だとわかった。そのことを前回の連載、無年金で老後迎えた親の本性で書いた。

本連載から読み始める人のためにも、前回の連載で書いた父親のことについて簡単にまとめておく。
  • 夫婦そろって無年金で老後を迎えた
  • 金銭感覚がない母親は年金を途中で払うのをやめていた
  • 夫婦仲が悪く長年ろくに話もしなかった
  • 救済のために私が一緒に暮らし立て直すことにした
  • 父親は単身赴任で働けば、まだ人並み以上の収入を得ることができた
  • 5年間で父親はある程度貯金ができた
  • 仕事も順調でまだ数年は仕事が続きそうだった
  • さらに国民年金の後納制度を利用して未払い期間分を払い納め、月5万の年金がもらえるようになった
  • 父親一人分の老後費用は何とかなりそうになった
  • しかし、余裕ができた途端、家を買いたいと言い出した
  • 私が家など買う余裕はない、貯めたお金は自分自身の老後資金にしてほしい、自活できる状態になったら自活して欲しいと言った
  • すると私のことを親不孝者のように言い自活すること拒んだ
  • その後のやり取りで、そもそも父親に老後は年金や貯金で自活し、嫁の面倒も自分で見ていくものという認識がなく、生活費含めて子供が面倒を見ることが当然だと思っていることがわかった
  • 最初から子供の人生を考えて人生設計していないことがわかった
父親の本性を知った後も疑問として残ったことは、なぜ不仲の母親と離婚しなかったのかということだ。私は高校卒業以来、両親と離れて暮らしており、母親が浪費家だという認識はなかった。無年金と発覚し、救済のために再び一緒に暮らしてわかったが、父親は母親の金遣いが荒いことを認識していた。わかっていたなら、なぜろくに話し合いをせず、稼いだお金を渡し続けたのか?

もしくは、なぜ離婚しなかったのか?父親は仕事はできる人間で、十分な稼ぎがあるのだから、浪費家の母親と離婚すれば老後破綻するようなことはなかったはずだ。自力で嫁の面倒を見るつもりもなく、子供の人生を考えないのなら、離婚して家族のことは投げてしまって、自分の稼ぎをすべて自分のものにしてしまえば良かったのだ。なぜそうしなかったのだろうか?

>>つづく